これまで土壌学分野の研究をリードしてきた多くの国は,どちらかといえば大陸の乾燥に偏った気候地域に位置していたことに気づかされる。温暖・湿潤という気候因子,あるいは火山が多く地形が急峻であるという日本(アジア)独自の地質・地形因子をうまく使えば,おそらく現状では土壌生成速度の遅い(比較的安定状態にある)欧米の土壌生成論にはない新しい知見が得られるものと,個人的には期待を持っている。また現在本課題は,湿潤アジアの異なる森林土壌生態系の比較研究へと展開されている。本課題に関連した主要な研究成果を,以下に挙げる。
1.京都府北部における森林土壌の生成に関する研究
本研究は,わが国の冷温帯森林下でしばしば見られる褐色森林土およびポドゾル性土壌の生成過程について,土壌酸性との関連から論じたものである。学位論文では,京都府北部の京都大学芦生演習林の土壌を扱い,以下のような成果を得た。1)
森林土壌生成過程におけるAlの断面内移動は必ずしも有機物によるキレート形成によるものではなく,しばしば酸性条件下での無機態Alの溶脱・集積過程が主要な役割を担っている。2)
細粒質ポドゾルにおいては,Feの還元溶脱/集積過程を促す緻密な表層土が,極端な土壌酸性化の結果形成される。3) 土壌断面内における溶存有機物の移動は,土壌固相の非晶質酸化物表面への吸着との関係から定性的に説明される。さらにこれらの結果から,4)
従来の有機金属複合体説が十分説明し得なかった,非晶質酸化物に比べて有機物含量の少ない集積B層の形成過程が説明されること,5) 一連の土壌生成過程を経て形成される土壌が,酸性化の進行程度という点から統一的に記述され得ることを論証した。以上の土壌生成過程は冷温帯林下の森林土壌において典型的なものであるが,現在さらに三重県東部の土壌を材料として,冷温帯林下と暖温帯林下の土壌生成過程を比較検討しながら,森林土壌の生成過程における酸性化あるいは非晶質酸化物の意義について以下に続く研究を進めている。
2.近畿地方の森林土壌におけるpedogenetic acidificationと2:1型鉱物の形態変化(1999年土壌肥料学会シンポジウム講演要旨より抜粋・改変)
近畿地方の大部分は湿潤温帯に属することから,自然条件下では森林が成立し,土壌生成過程としては洗脱・酸性化が進行する。本研究では,堆積岩母材上に生成した京都府北部冷温帯林下の褐色森林土とポドゾル土,三重県南部の冷・暖温帯林下の褐色森林土を素材として,1)
pedogenetic acidificationの動態解析,2)その生成物である土壌鉱物の性質および荷電特性の解析を行った。調査土壌のpHはほとんどの場合5以下でかつC層から表層へ向けて低下し,酸性化の進行が顕著である。また土壌は中~細粒質で,主要粘土鉱物は2:1-2:1:1中間種鉱物である。Alo,
Feo, Cpなどで表現される土壌の非晶質性は,一般に暖温帯と比べ冷温帯のB層土壌で高い。
1) pedogenetic acidificationの動態解析。イオンの負荷に対して活性な土壌の構成成分を検討するため,土壌の酸・アルカリ滴定曲線の形状を調べた。アルカリ添加に伴い,pH
5付近と6以上の領域に緩衝域が見られ,そこでの緩衝能は暖温帯土壌に比べて冷温帯土壌でより高かった。pH3滴定アルカリ度はAloと,pH4.5-5.5間の滴定酸度は交換性Al含量と,またpH5.5-8.3間の滴定酸度は有機金属複合体量と正の相関を示した。これらの結果から,土壌の酸中和過程として,中間生成物としての非晶質成分(Alo)の寄与を考慮すべきであると考えた。次に土壌溶液組成について検討した。三重県南部における土壌溶液組成がほぼilliteと非晶質Al(OH)3の熱力学的共存領域に分布するのに対し,京都府北部のポドゾル表層土壌溶液の組成はしばしばbeidelliteと平衡ないしは不飽和の領域に分布する。またAlの断面内移動の過程として,a)土壌層位間のpH勾配による無機態Alの移動・集積と,b)有機態Alの移動・集積が想定されたが,京都府北部ではa)の過程が極めて強くb)が付随的に,また三重県南部冷温帯土壌ではa)・b)の双方が認められた。これらは,冷温帯土壌B層において活性な非晶質・有機金属複合体が酸性化の中間生成物として集積される過程を示している。
2)土壌鉱物の性質および荷電特性と土壌酸性化。1.4nm粘土鉱物のK飽和/加熱処理に伴う底面間隔の収縮程度(X線回折による)および層間Al含量(Al-cit)より,調査土壌の粘土鉱物を以下の4群に分類した。すなわち,少量の層間物質を含むI・II群(常温あるいは350℃加熱による1.0
nmへの収縮,Al-cit<1mol/kg),中程度含むIII群(550℃加熱による1.0nmへの収縮,Al-citは1-1.5mol/kg程度)。層間物質量の多いIV群(550℃加熱による1.0
nmへの不完全収縮,Al-cit>1.5mol/kg)。またイオン吸着法により求めた回帰式 log CEC = a pH + b logC
+ c の係数と0.01M, pH5で測定した粘土あたりのCEC (CEC* (cmolc/kg))によって,荷電特性の面から調査土壌を以下の3群に分類した。i)
比較的一定荷電性の強い土壌(0.1 < (a + b)/2 < 0.2, CEC* > 15),ii) 変異荷電性の強い土壌(0.1
< (a + b)/2 < 0.2, CEC* < 10),iii) きわめて変異荷電性の強い土壌(0.2 < (a
+ b)/2 < 0.4, CEC* < 10)。多変量解析の結果,土壌の変異荷電性は非晶質成分因子および酸性因子によって説明された。
以上の粘土鉱物I・II群・荷電特性i群は酸性化の進行した次表層土に,粘土鉱物III群・荷電特性ii群は冷温帯B層土壌に,また粘土鉱物IV群・荷電特性iii群は暖温帯B層土壌に,それぞれ典型的に見られた。これに基づき土壌生成過程を以下のように推論した。酸性条件下(B層)でAl水酸化物が生成される際,冷温帯ではこれが有機物と複合体を形成しやすいのに対し,暖温帯ではより高い充填程度で2:1型鉱物の層間を形成する。ここで非晶質性の高い冷温帯B層土壌は強い変異荷電性を有する。さらなる酸性化過程(E層・AB層)において,非晶質あるいは層間Alは酸中和能・緩衝能を与える一方,中間種鉱物は層間物質を失いvermiculite/smectiteへと変化し,2:1型鉱物由来の一定荷電性を顕著に発現するようになる。以上当該地域土壌の生成過程および鉱物学的特性・荷電特性は,土壌温度等に関わる垂直成帯性と土壌酸性化の進行という2因子に強く影響されているものと考えられた。
3.土壌生成論的観点による日本の森林/土壌生態系機能の解明(上記1・2に関するまとめ)
わが国の立地条件は,中緯度帯にあって他に類を見ない多湿な気候と,火山が多い急峻な地形によって特徴づけられる。このような条件下における森林土壌生成を検討し,以下の成果を得た。
1) 学位論文では,わが国の冷温帯森林下で見られる褐色森林土およびポドゾル性土壌の生成過程について,土壌断面における酸性化フロントの下方漸進という観点から統一的に説明した。すなわち,弱ポドゾル化に伴い上層位より流下してきたAlおよび水溶性有機物の集積で特徴付けられるステージ1,酸負荷増大に伴うAlポリマーの単量化が顕著なステージ2,非晶質Alの枯渇と土層の緻密化に起因するFeの還元溶脱が起こるステージ3が,土壌各層位においてどこまで進行しているかという点から土壌断面形態を説明するものである。これは冷温帯域におけるポドゾル生成論としても新たな論点を提出した。
2) 冷温帯林下で見られた1)のプロセスを,暖温帯林下の土壌における生成過程と比較した場合,特に前者で顕著なステージ1における有機金属複合体の形成が,酸性化の観点からは一時的な酸中和能の蓄積(土壌断面からの酸流出の遅延),土壌有機物動態の観点からは下層土における有機物蓄積能の積極的発現という環境科学的機能を有することを論じた。
4.異なる条件下における熱帯土壌生態系プロセスの解明と持続的生業発展の可能性の探求(→課題2へ展開)
本課題では,異なる地質・気候条件下における熱帯土壌生態系プロセスを解明した上で,これにうまく適応した真に持続的な生業形態のあり方を探索することを目的とした。
1) ヒマラヤ造山帯を擁する湿潤アジアにおいては,生態系の基盤として,母材・気候条件に対応し変異に富んだ土壌の鉱物学的性質が重要であることを指摘した。すなわち乾季が存在し酸負荷の比較的小さなインドシナ半島部の土壌では,2:1型鉱物の膨潤化が抑えられ,酸性で陽イオン交換容量(CEC)の小さなAcrisolsが広く分布するのに対し,カリマンタン島のような酸負荷の大きい多雨林気候下では雲母鉱物の膨潤化が進行し,CECや交換性Alの保持量が大きな強酸性のAlisolsが卓越することを明らかにした。
2) これに対応して,森林生態系の物質循環にも顕著な違いが見られた。すなわちAcrisolsでは,堆積腐植の完全分解に伴い,重炭酸イオンによる土壌鉱物の不一致溶解とカオリン鉱物の生成が卓越した。一方強酸性土壌Alisolsにおいては,水溶性有機酸の働きが卓越し,表層土壌鉱物の一致溶解に伴うAl, Feイオンと有機酸の溶脱によって特徴づけられる弱ポドゾル化が主要な土壌生成プロセスとして見られた。
3) 気候・土壌条件が比較的良好なタイ国北部の焼畑農業では,7~8年の休閑期間中に,土壌微生物活性が抑制されるとともに土壌有機物・窒素の再集積が見られ,土壌酸性も改善される傾向にあった。一方より強酸性かつ高温・湿潤な条件にあるカリマンタンの焼畑農業では,休閑林バイオマスへの依存度の大きい長期休閑システム(20年程度)が構築されていた。このように伝統的な焼畑農業は,それぞれの条件に適応した耕作/休閑期間の設定を通して,時系列的な資源分配を行う戦略を備えていると考えられた。
4) 熱帯土壌生態系に関しては,さらにタイ東北部の砂質土壌,マレーシア・サラワク州の泥炭湿地,タンザニアおよびカメルーンの強風化土壌などにおいて,それぞれの生態環境に適した土地利用あるいは一次生産を確立するための土壌生態学的研究を行った。
本研究課題群に関する研究成果
- Hirai, H., Yoshikawa, K., Funakawa, S., and Kyuma, K. 1991: Characteristics
of brown forest soils developed under different bio-climatic conditions
in the Kinki District with special reference to their pedogenetic processes.
Soil Science and Plant Nutrition, 37(4), 639-649. - Funakawa, S., Hirai, H., and Kyuma, K. 1992: Soil-forming processes under
natural forest north of Kyoto in relation to soil solution composition.
Soil Science and Plant Nutrition, 38(1), 101-112. - Funakawa, S., Nambu, K., Hirai, H., and Kyuma, K. 1993: Physical properties
of forest soils in northern Kyoto with special reference to their pedogenetic
processes. Soil Science and Plant Nutrition, 39(1), 119-128. - Funakawa, S., Yonebayashi, K., and Kyuma, K. 1993: Characteristics of humic
substances and dynamics of dissolved organic matter in forest soils in
northern Kyoto with special reference to their pedogenetic processes. Soil
Science and Plant Nutrition, 39(1), 169-181. - Funakawa, S., Hirai, H., and Kyuma, K. 1993: Speciation of Al in soil solution
from forest soils in northern Kyoto with special reference to their pedogenetic
process. Soil Science and Plant Nutrition, 39(2), 281-290. - Funakawa, S., Nambu, K., Hirai, H., and Kyuma, K. 1993: Pedogenetic acidification
of forest soils in northern Kyoto. Soil Science and Plant Nutrition, 39(4),
677-690. - Funakawa, S. 1993: Soil-forming processes under natural forest in northern Kyoto.(京都大学大学院農学研究科博士論文)
- Funakawa, S., Ashida, M., and Yonebayashi, K. 2003: Charge characteristics of forest soils derived from sedimentary rocks in Kinki District, Japan, in relation to pedogenetic acidification process. Soil Science and Plant Nutrition, 49(3), 387-396.
- Funakawa, S., Yonebayashi, K., and Kosaki, T. 2004: Pedogenetic acidification of forest soils derived from sedimentary rocks
under different bio-climatic conditions in Kinki District, Japan. The 6th International Symposium on Plant-Soil Interactions at Low pH, Sendai, Japan. - Watanabe, T., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2006: Clay mineralogy and its
relationship to soil solution composition in soils from different weathering
environment of humid Asia: Japan, Thailand and Indonesia. Geoderma, 136(1-2),
51-63. - Funakawa, S., Fujii, K., Nadono, A., and Kosaki, T. 2006: Significance of soil acidity to sequestrate organic carbon in forest soils. In: Summaries of 18th World Congress of Soil Science, Philadelphia, USA.
- Watanabe, T., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2007: Profile description, properties,
and classification of seven typical upland soils formed under different
climatic conditions in Japan, Thailand, and Indonesia. Pedologist, 51(1),
24-34. - Funakawa, S., Hirooka, K., and Yonebayashi, K. 2008: Temporary storage of soil organic matter and acid neutralizing capacity
during the process of pedogenetic acidification of forest soils in Kinki
District, Japan. Soil Science and Plant Nutrition, 54(3), 434-448. - Fujii, K., Funakawa, S., Hayakawa, C., and Kosaki, T. 2008: Contribution
of different proton sources to pedogenetic soil acidification in forested
ecosystems in Japan. Geoderma, 144(3-4), 478-490. - Nakao, A., Thiry, Y., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2008: Characterization
of the frayed edge site of micaceous minerals in soil clays influenced
by different pedogenetic conditions in Japan and northern Thailand. Soil
Science and Plant Nutrition, 54(4), 479-489. - Funakawa, S., Watanabe, T., and Kosaki, T. 2008: Regional trends in the chemical and mineralogical properties of upland
soils in humid Asia: With special reference to the WRB classification scheme. Soil Science and Plant Nutrition, 54(5), 751-760. - Watanabe, T., Ogawa, N., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2008: Relationship
between chemical and mineralogical properties and the rapid response to
acid load of soils in humid Asia: Japan, Thailand and Indonesia. Soil Science
and Plant Nutrition, 54(6), 856-869. - Fujii, K., Funakawa, S., Hayakawa, C., Sukartiningsih, S., and Kosaki,
T. 2008: Quantification of proton budgets in soils of cropland and adjacent
forest in Thailand and Indonesia. Plant and Soil, 316(1-2), 241-255. - Nakao, A., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2009: Hydroxy-Al polymers block
the frayed edge sites of illitic minerals in acid soils: studies in southwestern
Japan at various weathering stages. European Journal of Soil Science, 60,
127-138. - Nakao, A., Funakawa, S., Watanabe, T., and Kosaki, T. 2009: Pedogenic alterations
of illitic minerals represented by Radiocesium Interception Potential in
soils with different soil moisture regimes in humid Asia. European Journal
of Soil Science, 60, 139-152. - Fujii, K., Uemura, M., Hayakawa, C., Funakawa, S., Sukartiningsih, Kosaki,
T., and Ohta, S. 2009: Fluxes of dissolved organic carbon in two tropical
forest ecosystems of East Kalimantan, Indonesia. Geoderma, 152, 127-136. - Fujii, K., Arief, H., Funakawa, S., Uemura, M., Sukartiningsih, and Kosaki,
T. 2010. Acidification of tropical forest soils derived from serpentine
and sedimentary rocks in East Kalimantan, Indonesia. Geoderma, in press.